浴室のカビ取りで、気分が悪くなった。喉が痛い。頭が痛い。
本人に聞くと、たいてい「混ぜてはいない」と言います。
実際、混ぜていないことが多いのです。それでも塩素ガスは出ます。
この記事では、国民生活センターが二〇二六年三月に公表したテスト結果と、厚生労働省の統計、そして厚生労働省が公開している労働災害事例から、カビ取り剤で何が起きているのかを整理します。当社が現場で薬剤を扱うときに何をしているかも、あわせて書きます。
まず、商品のラベルの話から。
塩素系のカビ取り剤には、赤い「危険」の文字と「まぜるな 危険」「塩素系」の表示があります。これはメーカーが親切で付けているものではありません。
家庭用品品質表示法第三条は、内閣総理大臣が家庭用品ごとに表示の標準となるべき事項を定め、告示するものとする、と規定しています。その告示が「雑貨工業品品質表示規程」です。
規程の「衣料用、台所用又は住宅用の漂白剤」および「住宅用又は家具用の洗浄剤」の項には、こう書かれています。
一・〇ppm以上塩素ガスを発生するものについては、次に掲げる特別注意事項を表示すること
そして表示すべき内容として、「まぜるな 危険」「塩素系」の文字と、酸性タイプの製品と一緒に使う(混ぜる)と有害な塩素ガスが出て危険である旨、目に入った時は、すぐに水で洗う旨、子供の手に触れないようにする旨、必ず換気を良くして使用する旨が挙げられています。
酸性タイプの製品の側にも、同じ構造の規定があります。「まぜるな 危険」「酸性タイプ」の表示と、塩素系の製品と一緒に使う(混ぜる)と有害な塩素ガスが出て危険である旨。
文字の大きさまで決まっています。「まぜるな」は黄色に黒の縁取りで二十八ポイント以上、「危険」は赤色で四十二ポイント以上。容量二一〇mL以下の製品ではそれぞれ二十六・二五ポイント以上。
ここまで細かく定められている表示は、そう多くありません。それだけの事故が起きているから、という読み方ができます。
国民生活センターは二〇二六年三月十八日、「住宅用塩素系洗浄剤の使い方-まぜるな危険!浴室などで事故が発生しています-」を公表しました。
市販の塩素系洗浄剤三銘柄について、実際に混合したときの塩素ガス濃度を測定しています。
アクリルボックス内で酸性洗浄剤と混ぜた場合、塩素ガス濃度は数分以内に五〇ppmを超えました。
穀物酢と混ぜた場合には、数分で四〇ppmを超えました。
台所にある酢です。特別な薬品ではありません。
そして実際の浴室で、スプレータイプの塩素系洗浄剤と酸性洗浄剤を一緒に使ったところ、二〜三分後には一六ppmを超えました。
この数字を、どこと比べるか。
同資料は、労働安全衛生法に基づく作業環境評価基準における管理濃度は〇・五ppmであり、公益社団法人日本産業衛生学会によると最大許容濃度は〇・五ppm(一・五mg/m3)である、と記載しています。
浴室で測定された一六ppmは、その三十倍を超えています。
密閉された箱の中の五〇ppmではなく、ふつうの浴室で一六ppmが出た、というところが重要です。実験室の話ではありません。
ここからが本題です。同じテストで、次のことが分かっています。
一つめ。エタノールでも出ます。
資料には、次亜塩素酸塩を含む塩素系洗浄剤では、酸、エタノールなどと混ぜることで塩素ガスが発生しました、と書かれています。
消毒用アルコールです。カビを拭いたあとにアルコールで仕上げる、という順番は、決して珍しくありません。
二つめ。塩素化イソシアヌル酸塩を含む製品では、酸、エタノールのほかに次亜塩素酸塩と混合した場合にも塩素ガスが発生しました、とあります。
塩素系どうしでも出る、ということです。「どちらも塩素系だから大丈夫」は成り立ちません。
三つめ。排水トラップです。
資料は、塩素系洗浄剤を使用した後に流す水の量が十分でない場合、塩素系洗浄剤は排水トラップに残留しました、としています。
これが、いちばん気づきにくい経路です。
午前中に排水口に塩素系のものを流した。夕方に別の人が酸性の洗浄剤を流した。誰も「混ぜて」いません。それでも、トラップの中では混ざっています。
国民生活センターに寄せられた事例にも、排水口でパイプ洗浄剤を使った後に別の洗浄剤を使い、気分不良・喉頭違和感・四肢のしびれで救急要請に至ったものがあります(二〇二五年五月、五十代女性)。
浴室で塩素系洗浄剤とクエン酸を含む製品を同時に使い、一時間後におう吐症状で救急要請となった事例もあります(二〇二五年十二月、五十代男性)。
どちらも、今年か昨年の話です。
厚生労働省は毎年、家庭用品に係る健康被害の年次とりまとめ報告を公表しています。
二〇二四年度の報告では、吸入事故等の健康被害事例の報告件数は四十二件(二〇二三年度は五十件)。
原因製品の第一位は洗浄剤(住宅用・家具用)で八件でした。二〇二三年度も同じく洗浄剤(住宅用・家具用)が十八件で第一位です。
国民生活センターの資料は、二〇二一〜二〇二四年度の家庭用品に係る吸入事故等の原因は洗浄剤(住宅用・家具用)が最も多く、と述べたうえで、そのなかでも浴室で使われることの多い次亜塩素酸塩類含有のカビ取り用洗浄剤によるものが多くの割合を占めている、としています。
つまり、家庭用品の吸入事故のうち最も多い原因が洗浄剤で、その中心にカビ取り剤がある、という構図です。
また、PIO-NET(全国消費生活情報ネットワークシステム)には、二〇二〇年四月から二〇二六年一月十五日までの約六年間に、塩素系洗浄剤由来の塩素ガスにさらされたことによると考えられる危害・危険に関する相談が四十件登録されています。
医療機関ネットワークには、同じ期間に三件の事故事例が寄せられています。
これらは報告された数です。喉の違和感で終わった人は、ここには入っていません。
家庭の話だけではありません。
厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」には、清掃作業中の塩素ガス中毒の災害事例が複数公開されています。
そのうちの一件を引きます。小売業(スーパーマーケット)で、休業一人の災害です。
被災者は、次亜塩素酸ナトリウム、界面活性剤、アルカリ剤を成分とする家庭用の除菌・漂白・除臭剤を、原液のまま全量、精肉作業室の壁際の床の端に全周にわたって撒きました。
同じ場所には、別の作業者が業務用の弱酸性洗剤を数倍に希釈した洗浄液を撒いていました。
被災者がデッキブラシでこすり始めたところ、両者が混ざって塩素ガスが発生し、塩素ガス中毒、急性呼吸不全と診断されています。
原因として挙げられているのは、併用が禁じられている弱酸性洗剤と次亜塩素酸ナトリウムを主成分とする漂白用洗剤を併用したこと、作業前の打ち合わせと洗剤の管理が不十分だったこと、換気設備が不十分だったこと、労働者への教育が不足していたこと、そしてSDS(安全データシート)による情報提供がなかったことです。
ここでも、誰も混ぜていません。二人が別々に、それぞれの薬剤を撒いただけです。
現場で複数人が動くとき、この形の事故が起きます。
国民生活センターのアドバイスは四つです。
塩素系洗浄剤は、必ず単独で使用しましょう。
塩素系洗浄剤を使用する際には、換気を十分に行い、保護具を着用しましょう。
排水トラップ内には、以前に使用した洗浄剤が残留している場合があります。
塩素ガスが発生したら、その場を離れましょう。
最後の一つが実務的には重要です。窓を開けようとして室内に戻る、という判断をしがちですが、資料が求めているのは、まずその場を離れることです。
吸入した場合は医師に相談することも示されています。症状が軽く見えても、時間が経ってから出ることがあります。前述の事例でも、同時使用から一時間後におう吐が出ています。
ここからは当社の話です。
塩素系のカビ取り剤は、よく効きます。黒い点が消えます。
ただし、消えているのは色です。
カビの色素は次亜塩素酸で分解されますが、下地の中に入り込んだ菌糸まで届いているとは限りません。表面が白くなっても、内部が生きていれば、条件がそろえば戻ります。
そして条件とは、たいてい水分です。結露、漏水、換気不足。原因が残っていれば、何を塗っても戻ります。
だから、リスクを冒して強い薬剤を繰り返し使っても、根本は解決しません。回数が増えるほど、事故の確率だけが上がります。
薬剤を強くする方向ではなく、原因を止める方向に時間を使ってください。これは営業の話ではなく、単純に効率の話です。
事業所でカビ取りを行う場合に、決めておくと事故が減ることを挙げます。
一つ、使う薬剤を一種類に絞る。同じ日に複数種類を使わない。
二つ、誰が何をどこに使うかを、作業前に共有する。前掲の災害事例は、これがなかったために起きています。
三つ、保管場所を分ける。塩素系と酸性を隣に置かない。詰め替え容器に中身を明記する。
四つ、排水口に流したものを記録する。時間帯をずらして別の薬剤を流さない。
五つ、換気を先に始める。作業が終わってからではなく、開始前から。
六つ、SDSを取り寄せて手元に置く。業務用の薬剤には交付されます。
七つ、保護具。手袋と、目の保護。スプレーを頭上に向けて使う天井の作業では、特に目です。
当社が現場に入るときも、この順番で確認しています。既存の薬剤が残っている現場では、まず何が使われていたかを聞きます。答えが出てこない場合は、十分に水で流してから作業を始めます。
「まぜるな 危険」の表示は、家庭用品品質表示法第三条に基づく告示(雑貨工業品品質表示規程)で定められた表示です。塩素ガスを一・〇ppm以上発生する製品に義務づけられ、文字の色と大きさまで規定されています。
国民生活センターのテストでは、酸性洗浄剤との混合で数分以内に五〇ppm、穀物酢でも数分で四〇ppmを超えました。実際の浴室での同時使用では、二〜三分後に一六ppmを超えています。管理濃度は〇・五ppmです。
エタノールでも発生します。塩素化イソシアヌル酸塩を含む製品では、次亜塩素酸塩と混ざっても発生します。塩素系どうしなら安全、ではありません。
排水トラップに残留します。時間差で、別の人が流した薬剤と混ざります。
厚生労働省の二〇二四年度報告では、吸入事故等の原因第一位は洗浄剤(住宅用・家具用)でした。二〇二一〜二〇二四年度を通じて同じ傾向です。
職場の災害事例では、二人の作業者が別々に薬剤を撒いた結果、塩素ガス中毒に至っています。作業前の打ち合わせと薬剤管理が原因に挙げられています。
そして、色が抜けてもカビは戻ります。戻る理由は水分です。薬剤を強くするより、原因を止めるほうが早く終わります。
株式会社雅堂では、天井・壁・店舗のカビ取りと防カビ施工を行っています。現地調査では、カビの範囲だけでなく、結露・漏水・換気のどれが原因かも見たうえでお伝えします。ご自身での作業を続けられる場合も、薬剤の組み合わせと換気についてはお答えしますので、お気軽にお尋ねください。
お電話受付 9:00-20:00 / 080-7744-9636
住宅用塩素系洗浄剤の使い方-まぜるな危険!浴室などで事故が発生しています-(国民生活センター)
2024年度「家庭用品に係る健康被害の年次とりまとめ報告」(厚生労働省)
労働災害事例・塩素ガス中毒(職場のあんぜんサイト/厚生労働省)
執筆:株式会社雅堂 宮下知也(一般社団法人抗菌防カビ清掃技術研究所 副理事長兼講師)
更新日:2026年9月16日