エアコンの内部で、法令に固有名詞として登場する部品があります。ドレンパン、条文の言葉では「排水受け」です。
熱交換器でもファンでもフィルターでもなく、ドレンパンだけが名指しされている。この事実は、あまり知られていません。
なぜここだけが特別扱いなのか。条文と、厚生労働省の指針を突き合わせると、理由がはっきりします。
建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行規則は、空気調和設備を設けている場合に、病原体による居室の空気汚染を防止するための措置として、次の点検を求めています。
空気調和設備内に設けられた排水受けについて、当該排水受けの使用開始時及び使用を開始した後、一月以内ごとに一回、定期に、その汚れ及び閉塞の状況を点検し、必要に応じ、その清掃等を行うこと。
事務所衛生基準規則第九条の二にも、ほぼ同じ文言があります。
排水受けについて、当該排水受けの使用開始時及び使用を開始した後、一月以内ごとに一回、定期に、その汚れ及び閉塞の状況を点検し、必要に応じ、その清掃等を行うこと。
二つの法令が、同じ部品に、同じ頻度を課しています。月に一回です。
一方で、熱交換器や送風ファンについての規定はありません。この非対称が、ドレンパンという場所の性質を語っています。
条文をもう一度読むと、点検すべきものが二つ並んでいることに気づきます。
汚れの状況、そして閉塞の状況。
冷却塔と加湿装置の条文には「汚れの状況」しかありません。排水受けだけが「汚れ及び閉塞」となっています。
汚れは衛生の問題、閉塞は漏水の問題です。ドレンパンは、この二つの事故を同時に抱えている場所だということです。
エアコンの内部で、運転中ずっと水が存在する場所はドレンパンだけです。
冷房運転では、熱交換器の表面温度が室内の露点温度を下回ります。空気中の水分が結露し、フィンを伝って落ちる。それを受けるのがドレンパンです。
つまりドレンパンは、設計どおりに動いていれば必ず濡れている部品です。乾く時間がありません。
そして、そこに落ちてくるのは水だけではありません。フィルターを通り抜けた微細なほこり、厨房からの油分、外気に含まれる有機物。これらが結露水とともにドレンパンに集まります。
水があり、有機物があり、温度は20度台から30度台。微生物にとってこれ以上ない条件です。
厚生労働省告示第264号「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」は、対策の基本をこう整理しています。
一、微生物の繁殖及び生物膜等の生成の抑制
二、設備内に定着する生物膜等の除去
三、エアロゾルの飛散の抑制
そして同じ指針は、レジオネラ属菌について、こう書いています。
レジオネラ属菌は、入浴設備、空気調和設備の冷却塔、給湯設備、加湿器等の水を使用する設備に付着する生物膜に生息する微生物の細胞内で大量に繁殖し、これらの設備から発生したエアロゾルを吸入することによって感染する。
キーワードは生物膜、いわゆるバイオフィルムです。
水と栄養があるところでは、細菌がまず表面に付着し、多糖類の膜をつくります。この膜の中は薬剤が届きにくく、消毒剤をかけても表層しか効きません。だから指針は「生成の抑制」と「定着した生物膜の除去」を分けて書いています。
ドレンパンの底に溜まっているぬめりは、この生物膜です。拭き取れば取れるように見えますが、微細な凹凸に入り込んだ部分は残ります。
同じ指針の第五は、加湿器について一章を割いています。
加湿器では、タンク内等において生物膜が生成されることによって、レジオネラ属菌をはじめとする微生物が繁殖しやすくなる。
そのうえで、維持管理上の措置として次を挙げています。
加湿装置に供給する水を水道法第四条に規定する水質基準に適合させるため必要な措置を講ずること。
加湿装置の使用開始時及び使用期間中は一か月に一回以上、加湿装置の汚れの状況を点検し、必要に応じ加湿装置の清掃等を実施するとともに、一年に一回以上、清掃を実施すること。
加湿装置の使用開始時及び使用終了時に、水抜き及び清掃を実施すること。
注目すべきは三つ目です。使用終了時の水抜き。加湿を止めたあと、水を残したままにするなという指示です。
ドレンパンについて条文は水抜きまで求めていませんが、考え方は同じです。冷房シーズンが終わったあとのドレンパンに水と汚泥が残っていれば、そこは冬のあいだずっと培地になります。
指針の三つ目の観点、エアロゾルの飛散の抑制は、エアコンの場合そのまま送風に置き換わります。
ドレンパンで増えた微生物は、そこに留まりません。天井カセット型では、ドレンパンのすぐ上を送風ファンが回っています。ファンの回転が生む気流は、パン表面の水分を巻き上げます。
洗っていないエアコンを起動した瞬間に出るあの匂い。あれは、内部で増えたものが室内に出てきている証拠です。匂いが出るということは、粒子が出ているということです。
だからドレンパンの清掃は、見た目の問題ではなく、室内に何を吹き出すかの問題になります。
条文がもうひとつ挙げている閉塞は、別の事故につながります。
ドレンパンに溜まった生物膜と汚泥は、やがて剥がれます。剥がれたものはドレン配管の入口に集まり、詰まります。
天井カセット型は、排水を自然勾配だけで流せない位置にあることが多いため、内部のドレンポンプで汲み上げています。ポンプの前にあるフロートスイッチが汚れで動かなくなると、水位を検知できません。
結果として、ドレンパンから水があふれます。天井裏に落ちた水は、天井材の継ぎ目やビス穴から室内に落ちます。事務所ならパソコンの上、店舗なら商品の上です。
この漏水は、たいてい真夏に起きます。結露量が最も多い時期だからです。そして真夏は、修理業者がいちばん動けない時期でもあります。
月に一回の点検が求められているのは、この順番を止めるためです。汚れの段階で取れば、閉塞には至りません。
実務の話をします。
ドレンパンは、機種によって取り外せるものと、本体と一体で外れないものがあります。取り外せる場合は、外して単体で洗うのがいちばん確実です。底面の隅と、ドレン口のまわりまで手が届きます。
外れない機種では、高圧洗浄で流すことになります。ここで問題になるのは、汚泥が底に沈んでいる場合です。上から水をかけただけでは、泥は攪拌されて浮き、そのままドレン配管へ流れていきます。洗ったつもりで、詰まりの原因を配管に送り込むことになる。
当社では、先に汚泥を吸引または掻き出してから洗浄に入ります。順番が逆だと、翌週に詰まります。
ドレン配管側も、必要に応じて通水確認をします。洗浄後に水を流して、屋外のドレン出口まで抜けることを見る。ここまでやって、ようやく閉塞の点検を実施したと言えます。
法令が求める月一回の点検は、専門業者でなければできないものではありません。むしろ、日常の管理として施設側で回すのが本来です。
見るべきは三つです。
一つ、ドレンパンの水に濁りやぬめりがないか。懐中電灯で吹出口から覗くと、ある程度は見えます。
二つ、ドレン出口から水が出ているか。冷房運転中に屋外のドレンホースから水が落ちていなければ、どこかで止まっています。
三つ、吹出口から異臭がしないか。運転開始直後に匂う場合は、内部で増えています。
この三点を日付とともに記録し、異常があれば専門業者に依頼する。これで法令上の点検記録になります。
記録は、建築物衛生法の対象なら五年間、事務所衛生基準規則の測定記録なら三年間の保存が必要です。
条文が一年以内ごとに一回の清掃を求めているのは、冷却塔、冷却水の水管、加湿装置です。ドレンパンについては清掃の頻度を数字で定めず、点検の結果「必要に応じ」としています。
つまり、どれだけの頻度で洗うかは、点検の結果から自分で決めることになります。
目安として、当社が現場で見ている範囲では、一般的な事務所で年一回、飲食店の客席で年一回から二回、厨房まわりや喫煙室に近い系統は年二回以上が妥当なところです。油とほこりの量がまったく違います。
判断に迷う場合は、一度分解洗浄をして、そのときのドレンパンの状態を写真に残しておくことをおすすめします。次回に何か月分の汚れが溜まるかが分かれば、以後の頻度は決められます。
エアコン内部の部品で、法令が固有名詞として名指ししているのは排水受け、つまりドレンパンです。
点検の頻度は、使用開始時および一月以内ごとに一回。建築物衛生法施行規則と事務所衛生基準規則の両方に、ほぼ同じ文言で書かれています。
点検項目は「汚れ及び閉塞」の二つ。汚れは衛生の問題、閉塞は漏水の問題です。
ドレンパンは、エアコン内部で運転中ずっと水がある唯一の場所であり、結露水にほこりと油分が集まるため、生物膜が生成しやすい環境になります。
厚生労働省の指針は、微生物の繁殖と生物膜の生成の抑制、定着した生物膜の除去、エアロゾルの飛散の抑制の三つを対策の基本としています。
洗浄の実務では、汚泥を先に取り除いてから洗い、洗浄後にドレン配管の通水を確認するところまでが一連の作業です。
株式会社雅堂の業務用エアコンクリーニングでは、ドレンパンとドレンポンプを洗浄範囲に含めています。現地を見てからのお見積りです。
建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行規則(e-Gov法令検索)
厚生労働省 レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針
執筆:株式会社雅堂 宮下知也(一般社団法人抗菌防カビ清掃技術研究所 副理事長兼講師)
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