エアコンの分解洗浄が終わったあと、業者から「きれいになりました」と言われます。写真も見せてもらえます。
それはそれで大事なのですが、次の判断には使えません。半年後に「効果があったのか」「次はいつ洗うべきか」を考えるとき、手元に残っているのが写真だけだと、比べようがないからです。
この記事では、洗浄の前後で何を測っておくとよいかを整理します。特別な機材がなくても、いくつかは取れます。
洗浄前後の写真は、わかりやすい記録です。ドレンパンの黒い汚泥、送風ファンに積もったほこり。並べて見れば、誰でも違いが分かります。
ただ、写真には二つの限界があります。
一つ、同じ場所を同じ条件で撮っていないと、比較になりません。角度が違う、光量が違う、片方は湿っていて片方は乾いている。これだけで印象は変わります。
二つ、汚れの量は分かっても、性能が戻ったかどうかは分かりません。見た目がきれいでも、風量が戻っていないことはあります。
だから、写真に加えて数字を取ります。
特別な資格がなくても、次の五つは記録できます。
一、吸込口と吹出口の温度差
二、吹出口の風速
三、機器の消費電流
四、居室の二酸化炭素濃度
五、ATP拭き取り検査の値
上から三つは、数千円から数万円の測定器で取れます。四つ目は最近のCO2センサーで足ります。五つ目だけ専用の機器が要ります。
いちばん簡単で、いちばん素直に効く指標です。
冷房運転を安定させた状態で、吸込口の空気温度と吹出口の空気温度を測り、その差を取ります。
洗浄前後で同じ条件(外気温、設定温度、風量設定、運転開始からの経過時間)で測るのが前提です。条件が違えば数字も動きます。
熱交換器が汚れていると、空気と冷媒のあいだで熱が渡りにくくなり、温度差が小さくなります。洗浄で汚れが落ちれば、差は広がる方向に動きます。
ただし、温度差が大きすぎる場合は風量不足を疑います。風が少なければ、その少ない空気は深く冷やされるので、温度差だけは大きく出ます。だから次の風速とセットで見ます。
吹出口に風速計を当てて、風の速さを測ります。吹出口の開口面積を掛ければ、おおよその風量になります。
建築物環境衛生維持管理要領は、送風量について次のように書いています。
送風量、排風量の確認は、風量測定口における測定等、当該送風機、排風機に応じた方法で行うこと。
きちんとやるなら風量測定口での測定ですが、洗浄の前後比較であれば、吹出口の同じ位置で測った風速でも十分に意味があります。大事なのは、前後で測り方を揃えることです。
送風ファンの羽根に汚れが積もると、同じ回転数でも送れる風が減ります。洗浄で落ちれば戻ります。ここが戻っていない場合、ファンを洗っていない可能性があります。
クランプメーターで、機器の運転電流を測ります。
熱交換効率が落ちていると、設定温度に届くまで圧縮機が長く回ります。電流値そのものより、運転時間と合わせた消費電力量で見るほうが本来は正確ですが、現場では電流値の前後比較でも傾向はつかめます。
分電盤で測れる現場なら、洗浄日の前後一週間の使用量を電力会社の記録で比べるという方法もあります。
これは機器単体ではなく、部屋の状態を見る数字です。
外気取入系統やフィルターの目詰まりで換気量が落ちていた場合、洗浄後に二酸化炭素濃度が下がります。在室人数を揃えて、同じ時間帯に測ってください。
基準は建築物衛生法施行令第二条で1,000ppm以下。東京都の令和六年度立入検査では、二酸化炭素の不適率は10.9パーセントでした。
最後が、汚れそのものを数字にする方法です。
ATP(アデノシン三リン酸)は、生物の細胞が持っているエネルギー物質です。専用の試薬と機器を使うと、拭き取った面にどれだけATPが残っているかを発光量として測れます。単位はRLU(相対発光量)です。
食品工場や厨房の衛生管理で使われている手法で、菌数を数えるのに比べて結果が数十秒で出るのが利点です。
参考として、当社が浴槽の配管洗浄で実測した例では、作業前が102RLU、作業後が7RLUでした。これは配管の例ですが、考え方は同じです。
エアコンで測るなら、ドレンパンの底面、送風ファンの羽根、吹出ルーバーの裏側。いずれも生物由来の汚れが溜まりやすい場所です。
一つ注意があります。ATPの値は菌の数ではありません。生物由来の有機物の量を示す指標です。「汚れが減った」とは言えますが、「菌が何個から何個になった」とは言えません。ここを混同した説明をする業者には注意してください。
ここまでの数字は、あくまで洗浄業者と施設側が自主的に取るものです。法定の空気環境測定とは別物です。
建築物衛生法施行規則は、測定に使う機器まで指定しています。
浮遊粉じんの量 グラスファイバーろ紙(〇・三マイクロメートルのステアリン酸粒子を九九・九パーセント以上捕集する性能を有するものに限る。)を装着して相対沈降径がおおむね十マイクロメートル以下の浮遊粉じんを重量法により測定する機器、又は厚生労働大臣の登録を受けた者により当該機器を標準として較正された機器
一酸化炭素の含有率 検知管方式による一酸化炭素検定器
二酸化炭素の含有率 検知管方式による二酸化炭素検定器
温度 〇・五度目盛の温度計
相対湿度 〇・五度目盛の乾湿球湿度計
気流 〇・二メートル毎秒以上の気流を測定することができる風速計
事務所衛生基準規則第八条にも、同趣旨の規定があります。
つまり、洗浄業者が持ってきた簡易測定器の数字は、法定の測定記録にはなりません。あくまで洗浄の効果を見るための、自主的な記録です。
このことは、見積りや報告書のなかで区別して書くべきだと考えています。混同させる説明は、後で施設側が困ります。
前後比較を意味のあるものにするには、条件を固定します。
写真は、同じ位置から、同じ画角で。スマートフォンなら、洗浄前の写真を見ながら同じ構図で撮ると揃います。
測定は、同じ運転条件で。設定温度、風量設定、運転開始からの経過時間を揃えます。外気温も記録しておきます。
測る場所も固定します。吹出口の右端から10センチ、といった決め方で構いません。次回も同じ場所で測れるように、メモに残します。
毎回同じ紙に書いておくと、蓄積が効いてきます。書く項目はこれだけです。
実施日と天候、外気温。
機器の識別(設置場所、号機、型番)。
運転条件(設定温度、風量)。
洗浄前の数値(温度差、風速、電流、ATP)。
洗浄後の数値(同上)。
作業内容(分解の範囲、使用した洗浄剤)。
気づいた不具合(油にじみ、部品のひび、異音)。
写真の枚数とファイル名。
建築物衛生法の対象施設であれば、この記録は帳簿書類の一部になります。保存期間は五年間です。フロン排出抑制法の点検整備記録簿と綴じておけば、同じファイルで管理できます。
正直な話をします。洗浄しても数字が動かないことがあります。
風速が戻らない場合、ファンモーター自体の劣化か、ダクト側の抵抗が原因かもしれません。
温度差が戻らない場合、冷媒量の不足や圧縮機の劣化を疑います。これは洗浄では直りません。
二酸化炭素が下がらない場合、そもそも外気取入量が設計時から足りていない可能性があります。
数字を取っておく最大の価値は、ここにあります。「洗っても変わらなかった」という事実が残れば、次は修理や更新を検討する、という判断ができます。何も測っていなければ、来年もまた洗浄を頼むだけになります。
当社は洗浄業者ですが、洗浄で解決しないことが分かるほうが、お客様にとっては価値があると思っています。
洗浄の前後で記録しておくとよいのは、写真に加えて、吸込・吹出温度差、吹出口の風速、消費電流、居室の二酸化炭素濃度、ATP拭き取り検査の値。
温度差と風速はセットで見ます。温度差だけが大きい場合は、風量不足の可能性があります。
ATPは汚れの指標であって、菌数ではありません。
洗浄業者の簡易測定は、法定の空気環境測定の代わりにはなりません。施行規則は測定器の性能まで指定しています。
記録は同じ様式で毎回残します。建築物衛生法の対象施設なら帳簿書類として五年間保存します。
数字が動かなかった場合、それは洗浄では直らない問題があるという情報です。
株式会社雅堂では、作業前後の写真と、可能な範囲での数値記録をお渡ししています。現地を見てからのお見積りです。
建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行規則(e-Gov法令検索)
厚生労働省 建築物における衛生的環境の維持管理について(建築物環境衛生維持管理要領)
執筆:株式会社雅堂 宮下知也(一般社団法人抗菌防カビ清掃技術研究所 副理事長兼講師)
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